2010年08月16日

夏と花火とセミの死骸(短編小説)。

夜に外出すると、気温の低さに驚く。
どうやら……夏が終わるらしい。

今年の夏いっぱい引き受けていた
セミの死骸を裏返す仕事
も、そろそろ終わる。

セミの鳴き声を聞きながら一つ一つ、力尽きて横たわる彼らを裏返す。
この季節を精一杯駆け抜けた彼らに、僕は尊敬の念を抱かずにはいられない。
額に吹き出た汗を拭いながら、亡骸を裏返す。
これが僕なりの彼らへの黙祷だ。


8月の終わりになると、いつも次の仕事の連絡が入る。
今年は例年に比べて、職も少なければ給金も少ない。
とはいえ、こんな不況でもまだ職にありつけるのだから、文句は言えないのだろう。

「小学生の筆入れの中の鉛筆の芯を折る仕事」
「自転車のタイヤの空気を少しずつ抜いていく仕事」
「テレビのリモコンを雑誌の裏に隠す仕事」
「急にシャワーの温度を変える仕事」
「カバンの中のイヤホンをからませる仕事」

……。
正直なところ、僕はこの手の「人を困らせる」タイプの仕事は好きではない。
僕らみたいな仕事をする人間の中には、好んでこういった「ネガ」方面の仕事を引き受ける者もいるようだが…。
僕は、できることならお断りしたい。

「かっぱえびせんの中に数個サッポロポテトを混ぜる仕事」
「道路に片方だけ靴を置いておく仕事」
「道路に片方だけ軍手を(以下略

どうやらこの三つの中から選ぶことになりそうだ。
贅沢は言えない。



……そんな仕事してて、空しくないの?
部屋に帰ると、猫科の動物の目をした彼女が、僕に問いかける。
彼女だって、本当にそんなことが知りたいわけじゃない。
仕事を終えて来た僕に対する、ルーチンの会話だ。
一生懸命鳴き続けたセミを弔う仕事だよ。空しくはない
もちろん僕の答えも決まっている。
何十回も繰り返された、あまりに慣れきった言葉。
夏の間の僕らは、このループに囚われている。


…もういいよ、そういう答え。
 そういうことを聞いてるんじゃないの。
 ”セミを裏返す仕事”なんて、誰が喜んでくれるわけ?
 誰にも誉められないことしてて楽しい?
 仕事でも何でもね、相手のレベルがね、”イコール自分のレベル”なの。
 わかる?
 アナタのレベルは” セミと一緒 ”ってこと!


驚いた。
こんな切り返しは、これまでになかった。
どうやらいつの間にか、今回のループを脱出していたらしい。

無論、僕だって彼女が何に怒っているのかくらいはわかっている。
わかってはいるのだ。
がしかし、それをきちんと理解して改善し、彼女の望むような言葉をかけてあげられるような人間は、そもそもセミの死骸を裏返す仕事などしない
常識的に考えてもらいたいものだ。

相手のレベルが自分のレベル?
そうよ
だから…セミ、イコール、僕
そうよ
僕の相手は君。ってことは君、イコール…

全部を言い終える前に、彼女の右手が僕の頬を打った。
グーかよ、畜生。

詩ね、百回詩ね!」(意図的に表現を変えさせていただいております)

彼女に殴られてベッドに転がった僕は、そのまま壁際で寝返り打って、彼女が部屋を出てゆく音を聞いていた。

彼女にはわからないだろう。
誰にも誉められず、労われず、それでも黙々と仕事をこなしていく僕らのことは。
ひとつの季節の終わりを告げる。
ただそれだけのために、セミの死骸を裏返す。
裏返さなくたって、きっと誰も困らない。

…。
……。
……本当にそうなのか?
本当に誰も困らないのか?

自分の仕事に疑問を感じた時、まるで十代の少年のように自分の存在理由を見失いそうになった時、僕はいつもこんなことを夢想する。

世界には守られるべき秩序があって、それを誰かが守っているからこそ、この世界は存続していられる。
セミの死骸は裏返っていなければならない、という秩序。
その秩序を守るために、日夜僕は任務を遂行する。
もちろん僕が世界を守っている、なんて大それたことを言うつもりはない。
ただそんな世の理を最下層レベルで保持していく、それが僕の務めなのだ……と。

そう思わなければ……生きていけない夜だって、ある。

今日も地球は回り、それでもショウは続いていく。
多分きっと、そういうことなのだ。


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この記事へのコメント
最初は冗談っぽい小説なのかなと思って最後まで読ませて
もらったら、むむむ!何かすごい事を言っている気がする!

ハヤカワPの他の小説も読みたくなりました(=^。^=)
Posted by 謝謝P at 2010年08月20日 03:22
大丈夫です。
すごいことを言ってる風で、煙に巻くタイプのスタンドなんですw
とりあえず、セミお疲れさん!!ってことで。
Posted by PlutoniusPlutonius at 2010年08月20日 19:13
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